『となりのトトロ』のサツキや『タッチ』の浅倉南で知られる日髙のり子さんが声優の道に進んだきっかけとは?
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POPLETAでは様々な業界、いろいろな業種の方に自身が影響を受けた作品や人物について話を聞いています。第24回は、『となりのトトロ』のサツキや『タッチ』の浅倉南などの声を担当し、その美しく可愛らしい声で幅広い世代に人気を博す日髙のり子さんへインタビューしました。

対談者プロフィール

  • 日髙のり子:幼い頃より演じることに興味を持ち劇団に入団。1980年歌手デビュー。その後、ラジオ番組のパーソナリティ、テレビ番組の司会、レポーターなど様々なジャンルの仕事を意欲的にこなし、1984年に声優デビュー。代表作は「タッチ」浅倉南、「となりのトトロ」草壁サツキ、「らんま1/2」天道あかね、「トップをねらえ!」タカヤノリコ、「名探偵コナン」世良真純、「PSYCHO-PASS」ドミネーター、「深夜!天才バカボン」ママ、「MIX」ナレーション、パンチ、他多数。現在は「あさイチ」(NHK)、「cool japan」(NHK)、「ミライ☆モンスター」(フジテレビ)などのテレビ番組やCMのナレーションも担当。チャリティー活動にも積極的に取り組んでいる。2020年〜2021年にかけて“デビュー40周年記念企画”を計画中!
  • 水島裕:声優、タレント、プロデューサーとしてマルチな活動を展開。日本民間放送連盟賞(ラジオ・CM部門)や日本アニメグランプリ最優秀賞キャラクター賞を受賞。代表作はサモ・ハン・キンポー作品の吹き替え、タイムパトロール隊オタスケマン(星野ヒカル / オタスケマン1号)『六神合体ゴッドマーズ』(マーズ/明神タケル)他多数の主役を務める。TBS系列『ひるおび!』(月~金:10時25分―13時50分)では毎日ナレーションを担当。またYouTubeにて『裕にいちゃんねる』)も開設中。

 

活発で内気な少女時代

水島:のんこ(※日髙のり子さんの愛称)は小さい頃はどんな子だったの?

日髙:自分の限界を知らないまま”グワ~~~~!”と元気よく遊んでいたかと思うと、部屋の隅でグッタリして熱を出しているような子でした(苦笑)。

水島:それはまた極端な(笑)活発だったのね?

日髙:活発ですね。身体を動かす事は好きだけど、それとは裏腹に自分の思った事を友だちには言えないタイプでした。

水島:何か覚えている事はある?

日髙:遊んでいるとき、ちょっと強気な子とかに遊んでいたおもちゃを取られても何も言えずに泣いちゃうような幼稚園時代でしたね(苦笑)。

水島:いまは全然そんなタイプには思えないけどね……(苦笑)。

日髙:でしょ!(笑)。いまの自分が言うのも照れますけど、本当に身体は活発なのに、内気な子だったんです(笑)。

水島:その内気な部分が変わったきっかけは?

日髙:小学校の1年生の時に出会った担任の先生が、人前で話す機会をたくさん与えてくれたので、子どもながらに少しずつ度胸がついていきました。

水島:どんなところで?

日髙:もともと本を音読するのは好きだったのですが、国語や社会の授業とかで手を上げられない私が先生に「教科書を読みたい!」と目で訴えて、朗読をさせてもらったりしました。

 

大ちゃんの姿が恥ずかしかった

水島:子どもの頃に観ていたアニメで印象に残っている作品は?

日髙:いなかっぺ大将』が大好きで観ていました。大ちゃん(※主人公:風 大左衛門)って音楽を聴くとふんどし一丁の姿で裸踊りをするんですけど、番組中に音楽がかかると「大ちゃんダメ!」と思って、脱ぎかけた瞬間に座布団を頭からかぶって観られなくなっていました!

水島:ピュアだな〜(笑)。

日髙:大ちゃんが恥ずかしい格好になると、なんか私の事のように恥ずかしい気持ちになっちゃうんですよ~(笑)。

日髙のり子さんが書いた『いなかっぺ大将』のPOP

 

水島:感情移入が激しいんだね(笑)。

日髙:そうなんです! 自分でも自覚していましたから(笑)。

水島:音楽で何か思い出はある?

日髙:親戚の叔父さんが車でスキーに連れて行ってくれたとき、その車内でずっとかかっていた井上陽水さんの『傘がない』ですね(笑)。

水島:いい曲だけど、ずっと車内で『傘がない』が流れっ放しって、何だよね…(苦笑)。

日髙:ずっと「君に会いに行かなくちゃ、すぐに会いに行かなくちゃ……」を連呼したあと、「傘がない~」で結局行かないという詩の世界が不思議で……。

水島:それまで聴いていた音楽の世界とは、すごく違ったんだろうねぇ(苦笑)。

日髙:それまではアニソンやキャンプファイヤーで覚えた平和でわかりやすい詩の曲しか聴いていなかったので、インパクトが凄かったです。ここまで”傘がない事”を訴えかける曲を初めて聴いたから、スキー場でリフトに乗っている時も「傘がない~」とかつぶやいてしまって(笑)。

水島:スキー場には合わない曲だよね(笑)。

日髙:でもおかげさまでフォークソングが好きになりましたね(笑)。

日髙のり子さんが書いた『傘がない』のPOP

 

伊東範子はバトルフィーバー隊!

水島:この世界に入ったきっかけは?

日髙:当時『マグマ大使』とか『ジャイアントロボ』とか『チャコとケンちゃん』、子どもが主人公の作品を観て「自分もこういう世界に行きたい!」と思い母に相談し、東京宝映(※現・宝映テレビプロダクション)の養成所のオーディションを受けて入りました。

水島:じゃあアイドルではなく女優さんからスタートしたんだ!

日髙:そうなんです。最初は舞台から入りました。

水島:テレビでの作品で初期の頃に出演していたのは?

日髙:NHKの少年ドラマに中学生役で出演していたり、高校生の頃には戦隊シリーズの『バトルフィーバーJ』に出演したりしていました。

水島:戦隊モノに出ていたの!?

日髙:まだ本名の伊東範子で出演していました。バトルフィーバー隊女性隊員役で初めて1年間のレギュラーをいただきました。

水島:じゃあ『バトルフィーバーJ』の映像を観れば、高校生ののんこに会えるんだね。

日髙:そうですね(笑)。戦隊モノはいまでも当時の作品を掘り起こしていただける機会が多いので、戦隊シリーズの図鑑にも掲載されていたり、テレビ番組の特集とかで映像も流れたりしますね。

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