“ジャッキー・チェンになりたい”監督・坂本浩一さんが影響を受けた映画や人物に迫る
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POPLETAでは様々な業界、いろいろな業種の方に自身が影響を受けた作品や人物について話を聞いています。第27回は、数々の特撮作品の監督を務める坂本浩一さんにインタビューしました。

対談者プロフィール

  • 坂本浩一:1970年東京都生まれ。現在の国籍はアメリカ合衆国。映画監督兼プロデューサー。アルファスタント所属。1989年に渡米。スタントマン、アクション監督として活動後、アメリカ版スーパー戦隊『パワーレンジャー』に参加し、監督デビュー。2009年から日本での活動も開始。スーパー戦隊シリーズ、仮面ライダーシリーズ、ウルトラマンシリーズなど、数々の日本特撮作品などを手がける。
  • 水島裕:声優、タレント、プロデューサーとしてマルチな活動を展開。日本民間放送連盟賞(ラジオ・CM部門)や日本アニメグランプリ最優秀賞キャラクター賞を受賞。代表作はサモ・ハン・キンポー作品の吹き替え、タイムパトロール隊オタスケマン(星野ヒカル / オタスケマン1号)『六神合体ゴッドマーズ』(マーズ/明神タケル)他多数の主役を務める。TBS系列『ひるおび!』(月~金:10時25分―13時50分)では毎日ナレーションを担当。またYouTubeにて『裕にいちゃんねる』)も開設中。

子どものころは『仮面ライダー』や『ウルトラマン』のポーズばかりしていた

水島:坂本監督とお会いするのは『獣電戦隊キョウリュウジャー』での現場以来ですね。前からお聞きしたかったのですが、なぜ僕にオファーをいただけたのでしょうか?(※声優:哀しみの戦騎アイガロン役/出演:社長役)

坂本:『キョウリュウジャー』は僕がメイン監督を務めた作品でして、キャストに関してはプロデューサーたちと全て決めていきます。子どもの頃から大好きだったサモハン(※サモハン・キンポー)や『六神合体ゴッドマーズ』のマーズを演じられていた裕さんとは、是非一緒にお仕事がしたくて、僕からオファーさせて頂きました(笑)。

水島:あらま!? 初めて聞きましたよ!(笑)。

坂本:言っていませんでしたっけ?(笑)。 マーズの哀愁を漂わすところやサモハンのようなパワフルな言動を演じられていた裕さんに、アイガロン役はピッタリでしたから。

水島:それは恐縮です、嬉しいなぁ(笑)。坂本監督ってどんな子どもでしたか?

坂本:僕は1970年生まれで、テレビを見れば毎日のようにアニメや特撮がやっていた時代でしたから、当時の写真を見ると『仮面ライダー』の変身ポーズや『ウルトラマン』のスペシウム光線のポーズをとっているのがほとんどなんです。そんな、ヒーローが大好きな子どもでした。

水島:リアルタイムで見ていた作品は?

坂本:ウルトラシリーズでは『ウルトラマンA』で、仮面ライダーシリーズだと『仮面ライダーV3』でしたね。

水島:じゃあ仮面ライダーの変身ポーズはV3で?

坂本:いや、1号ですね。やはり変身ポーズのパイオニアといえば藤岡弘さんの本郷猛になりますから。実際は2号ライダーの一文字隼人が先に変身ポーズをしていましたけど(笑)。

水島:よく覚えてるなァ〜(笑)最近、子どもの頃の変身ポーズの写真を見られたのですか?

坂本:僕の経歴を綴った書籍(※『映画監督 坂本浩一 全仕事 ~ウルトラマン・仮面ライダー・スーパー戦隊を手がける稀代の仕事師~』)を出してもらったのですが そこに僕が子どもの頃の写真を提供する事になって、あらためてアルバムを見返したら場所を問わずライダーの変身ポーズかスペシウム光線のポーズばかりしていました(笑)。

水島:そうなんだ。いまの監督の目で見て、子どもの頃の坂本監督のポーズはきまっていました?

坂本:子どもにしてはカッコ良いポーズをとっていたかなと(笑)。

 

小学生のころ、何度も映画館で観た『酔拳』

水島:運動が得意な子どもだったんでしょう?

坂本:それが極端で、僕が本格的に格闘技を始めたのがジャッキー・チェンの映画に影響を受けた9歳の頃からでして。

水島:ジャッキー・チェンになりたくて格闘技を始めんですか! いいっすね!(笑)。

坂本:はい(笑)。ジャッキー・チェンになるため空手道場に通い出したり、学校では器械体操部へ入部しましたので、基本的には身体は動くほうなのですが、球技と水泳が全然できないんですよ(苦笑)。

水島:えっ!? 運動神経抜群で、どんなスポーツでも出来ると思っていました。

坂本:サッカーもバレーもバスケも苦手で、学校で単位を稼ぐには陸上や柔道で評価を上げ、球技や水泳でのマイナス評価を補っていました(笑)。

水島:ジャッキー・チェンになりたいと思った作品はなんでしたか?

坂本:『ドランクモンキー 酔拳』ですね。

水島:なんでまた『酔拳』!?

坂本:日本で最初に公開されたジャッキー・チェンの映画が『酔拳』でした。それまで観てきたブルー・スリーはもちろん、千葉真一さんや志穂美悦子さんの作品は、シリアスなシーンが多かったのですが、『ドランクモンキー 酔拳』は、今までにないコメディカンフーアクション満載で、すっかり夢中になってしまいました。そのあと何度も劇場に『酔拳』を観に行きましたね。

水島:9歳の時に何度も『酔拳』を観に映画館へ足を運んだんですか!?

坂本:僕は東武線沿線の足立区育ちだったのですが、小学生ながら映画を観るなら浅草か上野、洋画を観るなら銀座方面へと一人で電車に乗って観に行ってました。いまじゃ考えられないかもしれませんが……(笑)。

水島:子ども一人で! 他にはどんな映画を観に行っていました?

坂本:アニメも大好きで、良く観に行ってましたね。『宇宙戦艦ヤマト』とか『機動戦士ガンダム』、『銀河鉄道999』などのシリーズは、公開の初日か二日目には始発で行き、映画館に並んで観ていました。当時は館内の入れ替え制がなかったので、映画は並んで観るのが当たり前の時代でしたからね。


坂本浩一さんが書いた『ドランクモンキー 酔拳』のPOP