国家的対立から家族の愛にシフトした、『ロッキー4 炎の友情』の事実上の続編『クリード 炎の宿敵』
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2015年の年末に『クリード チャンプを継ぐ男』は日本で劇場公開された。同作は、映画史に燦然と輝く名作『ロッキー』シリーズの後継作品だ。『ロッキー』シリーズは、1977年に1作目となる『ロッキー』が国内で劇場公開されてから6作続いた。シルベスター・スタローン演じる主人公ロッキー・バルボアが、若き無名のボクサーからチャンピオンの栄光を掴み老いていく姿を描いた、スポーツ映画やボクシング映画というカテゴリーを超えた熱い人間ドラマだ。

同シリーズは、完結編とされた6作目『ロッキー・ザ・ファイナル』(2007)の後、8年間の沈黙を守り続けた。その間、スタローンもボクサーを演じるには歳を取りすぎて、続編を作るのは無理であろうと思われていた。だが、2015年、『ロッキー』シリーズの後継作として『クリード チャンプを継ぐ男』は登場した。

黒人ボクサーを主人公に置いた時代適応の『ロッキー』新シリーズ

と言っても、ロッキー自身が再び現役としてリングに立つには無理がある。そのため、スピンオフ的な工夫がなされた。『ロッキー』シリーズの重要人物であり、ロッキーと死闘を繰り広げ、後に厚い友情を築いた黒人の世界チャンピオン、アポロ・クリード。アポロにはアドニスという息子がいる。そんなアドニスが無名のボクサーとしてチャンプを目指して道を切り開く様を描いたのが、新シリーズ1作目の『クリード チャンプを継ぐ男』だった。

この続編には唸らされた。それは主人公の交代がよく練られていたことが大きい。黒人ボクサーであるアドニスを主演に据え、それまでの主人公であったロッキーが、親友の息子である新主人公を指導し支える役回りへと絶妙に立ち位置を変えた。その結果、同作は、マイノリティに光をあてる現代に適応した傑作となり、興行的にも大成功を収めた。そして、2018年、同作の続編として登場したのが、『クリード 炎の宿敵』だ。

父アポロをイワン・ドラゴに殺されたクリード家の因縁が再燃

前作で元世界チャンピオンのアポロの息子であることを実力で証明したアドニスが、続編となる本作で対決するのが、ロシアから現れた挑戦者、ヴィクター・ドラゴ。彼は、『ロッキー』シリーズの4作目『ロッキー4 炎の友情』(1986)でロッキーが対決したソビエト連邦の最強ボクサー、イワン・ドラゴの息子だ。

クリード家とドラゴ家には深い因縁がある。『ロッキー4 炎の友情』で、アドニスの父アポロ・クリードがヴィクターの父イワン・ドラゴに挑んだ結果、返り討ちにあいリング上で命を落としている。同作は、その悲しみを乗り越え、アポロの親友であるロッキーがソ連に乗り込んでイワン・ドラゴと対決し倒すという作品だった。 前作以降、経験を積んだ若き世界チャンピオンへと成長したアドニスが、父の仇であるドラゴ家からの挑戦を受けようとするのに対し、ロッキーは強く反対する。しかし、アドニスは因縁あるヴィクターとの戦いを決意する。

若き巨匠ライアン・クーグラーから新鋭監督への交代

本作は、監督が交代している。前作を監督したのは、ライアン・クーグラー。彼は、無実の黒人の青年が白人警官に不条理に射殺された事件を映画化した『フルートベール駅で』や、マーベル・シネマティック・ユニバースの大ヒット映画『ブラックパンサー』を監督した。彼は、黒人の置かれている現状を作品に投影する、世界中が注目している才能だ。

そんな彼が、今回は監督ではなく製作総指揮に立場を変え、彼の推す新鋭のスティーブン・ケイプル・Jrが監督を務めることになったと聞いて、筆者は一抹の不安を覚えた。というのも、本作を制作するにあたって参照すべき『ロッキー4 炎の友情』は、主演・脚本・監督を務めたスタローンが、当時のソビエト連邦との冷戦、および融和を作品に盛り込んでいたからだ。テクノロジー的にもアメリカと同等を誇り、専制的な色合いが濃い当時のソ連が反映された同作。ロッキーはソ連に赴き、自らを鍛えに鍛えあげ、完全アウェーの雰囲気の中でイワン・ドラゴとの激闘を制する。

スタローンは、同作の終盤で、ロッキーのセリフを通じて、米ソ冷戦に疲弊していた当時の人々に向けて、変化の可能性について演説をぶち上げた。しかし、現在は、米ソ冷戦自体が忘れられかけた遠い過去のものであり、映画で対立する国家が描かれること自体少なくなっている。そんな現状を踏まえて、米ソ冷戦を描いた『ロッキー4 炎の友情』の事実上の続編である本作で、何を描くのか。人種と社会の課題を映し出すことを得意としたライアン・クーグラーが監督をしない事実に、若干の懸念を持たざるを得なかったのだ。

大きな国家的対立から小さな家族の愛にシフトした正しいバージョンアップ

しかし、『クリード 炎の宿敵』は、筆者の不安を一蹴する。

まず、社会性においては、復讐を全面に押し出さない点が時代を反映している。もちろん、父アポロをイワン・ドラゴに殺されたアドニスや、ロッキーに破れてソ連での栄光を失ったドラゴ家という因縁があるからこそ、その息子たちであるアドニスとヴィクターの戦いが生まれているのだが、本作は復讐の荒野に観客を放置しない。復讐の連鎖を断ち切ることは、『グラン・トリノ』(2009)や『スリー・ビルボード』(2018)など多くの傑作で描かれてきた現代的なテーマであり、時代の要請だ。本作も物語の起点となる復讐から転調して、別のテーマへと帰結する美しさがあり、それが深い感動を呼んでいる。

そして、もうひとつ秀逸なのは、『ロッキー4 炎の友情』における米ソ冷戦といった国家的な情勢を踏まえるのではなく、因縁を抱えた男たちのその後を、家族と愛という視点で踏襲することで、続編としての意味を明確に持たせたことだろう。本来、『ロッキー』が描いてきたものは、国家という大きな物語ではなく、個人という小さな物語であった。

本作でアドニスは、アポロの息子としてドラゴ家と戦っていく家族的因縁は前述のとおりだが、それに加えて、アドニスの婚約者ビアンカが妊娠、出産する。自らが父となったアドニスは、改めて家族と向き合うことになる。一方、ロッキーは、ギクシャクして疎遠となっている息子との関係性を、アドニスを通じて見つめ直す。かつて『ロッキー4 炎の友情』の終盤、演説でロッキーが最後に叫んだのは、国家や民衆への提言ではなく息子への愛だった。

そして、この家族と愛という視点が、クリード家側だけではなくドラゴ家にも向けられているのが見事だ。『ロッキー4 炎の友情』でロッキーに破れ、国家からの信頼など、すべてを失ったドラゴ家。彼らが再起を期すために、かつての因縁であるアドニスに挑むという構図は、一見、家族と愛というテーマから遠いように見える。しかし、かつてイワン・ドラゴの妻だったルドミラが、ロッキー戦の敗北の後、彼ら親子を見捨てたという背景を差し込むことで、彼らの再起には失われた愛の希求が根底にあることを本作は明らかにしている。思えば、イワン・ドラゴもまた、『ロッキー4 炎の友情』の終盤で、国家の冷血ロボットではない個人としての思いをぶちまけていた。

 

本作の終盤、ある人物が『ロッキー4 炎の友情』における因縁の起点とも言うべきひとつの行動を取る。それは全てを昇華する美しさがあり、この長きにわたる因縁を見つめた観客たちは、涙なしに本作を観ることができないだろう。ライアン・クーグラーが『ブラックパンサー』で観客の心をつかんだように、敵を単なる敵として描くのではなく、それぞれの立場と心情を見つめたことにより、本作は『ロッキー4 炎の友情』の現代的続編として、正しく完結するのだ。

by 中井圭/映画解説者

クリード 炎の宿敵
公開日:2019年1月11日(金)より全国ロードショー
出演:シルベスター・スタローン、マイケル・B・ジョーダン(『ブラックパンサー』)
監督:スティーブン・ケイプル・Jr.
配給:ワーナー・ブラザース映画
※『クリード2(原題)』全米公開11月21日

『クリード 炎の宿敵』公式サイト

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