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宇多田ヒカル、サバイブしてきた20年を肯定したツアーファイナル
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ライブが進むにつれ、これは宇多田ヒカル自身にとっても、この場所に集まった私たちにとっても、20年をサバイブしてきた事実を肯定する時間であるように感じた。声援や拍手など具体的なエールや感謝のみならず、1曲1曲、披露されるたびに彼女とオーディエンスが会話しているような深い共感。それにはいくつか理由があると感じた。

筆者が見たのはツアー・ファイナルの幕張メッセ公演。2日公演の2日目だ。開演までの客入れの時間にBGMはない。期待に溢れながら、誰もが静かに宇多田ヒカルの登場を待つ、それは厳かと言っていいムードだった。無音からメンバーが登場し、続いて最後に宇多田ヒカルが登場し、歌始まりの「あなた」。

この日初めて聴く“音楽”が彼女の歌声であるという、再会、あるいは初対面の感動が生み出されたわけだ。しかもライブPAのクオリティの高さが尋常じゃない。幕張メッセでこれほどクリアなストリングスのアンサンブルを聴き取れたのは初めてだ。

平易な言葉で普遍性を纏っているが、純文学的な歌詞、そしてスキルフルなだけではない、切なくも苦しい息遣いになるメロディラインを歌うライブ感が、解像度の高い音響によってもたらされる。ファン一人一人にとって、響く曲や歌詞は様々だろう。

だが、今、これほどに私たちを揺さぶる歌と、歌を支える演奏がビビッドに伝えられていなければ、誰も素直に感情を揺り動かされることはなかったはずだ。冒頭、「あなた」と「道」という、血の繋がりのある家族についての楽曲が続いたこと、その美しさの中にある葛藤や寂しさを経た覚悟に身震いした。

「あなた」/宇多田ヒカル

作品ページを開く タイムスパンのあるレパートリーからセレクトされた17曲の流れと現在のバンドアレンジも多くの気づきに満ちていた。「SAKURAドロップス」の終盤では宇多田自身がアナログシンセサイザー・Prophet-6で演奏。

同じくアルバム『DEEP RIVER』からの「光」への流れは、間にMCを挟んでいたものの、主旋律の近似性、いきなりのカタルシスを生むサビ始まり、しかもポップスのメロディラインとしては、USのR&BやロックともJ-POPとも違う宇多田ヒカルならではの哀感ともいうべきオリジナリティを再認識した。

そのメロディラインとリリックのフロウを無駄を削ぎ落としたバッキングで支えていたのは、前作アルバム『Fantôme』からレコーディングに参加しているミュージシャンがメイン。バンドマスターのジョディ・ミリナー(Ba)とアール・ハーヴィン(Dr)はサム・スミスのレコーディングに参加するなど、オルタネイティヴなR&B以降の世界基準のサウンドをプロデュース能力を伴って演奏できるミュージシャンと言える。

そんなメンバーの演奏は無駄な音がなく、『Fantôme』以前の楽曲のライブアレンジもアップデートされ、違和感なく並列することに大きく貢献していた。ソロ・アーティストとバッキングという関係性を超え、今、追及すべき音像を具現化する宇多田ヒカルを軸にした14名の楽団の趣きだったのだ。

 
「SAKURA ドロップス」/宇多田ヒカル

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「光」/宇多田ヒカル
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また、オン・トレンドなサウンドをマスへ発信し、最新鋭の音楽体験を様々な音楽志向や年齢のファンに届けていることも宇多田ヒカルだからこそ生み出せる体験である。

顕著だったのは、ミニマムな楽器編成の「ともだち」と、打ち込みで届けた新曲「Too Proud」。特に「Too Proud」は歌ともラップとも取れるボーカル表現では独特の符割り、ラップ部分は自ら日本語のリリックでトラップにも似た表現も見せ、彼女の音楽的な筋力の高さを思い知った。

この2曲では「Forevermore」のミュージックビデオの振り付けを担当した高瀬譜希子が、伝統的なバレエの要素も感じさせるコンテンポラリーダンスで、宇多田の内面を視覚化するように舞い、二人の高潔なアーティストの対峙に単なる演出以上の何かを感知した。宇多田が高瀬に振り付けをしてもらって以来の仲のいい友達と紹介し、ハグした瞬間、緊張感が和らぎ笑顔になった二人。表現者同士の友情に胸が熱くなった。

 
「Too Proud featuring XZT, Suboi, EK (L1 Remix)」/宇多田ヒカル

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また、活動休止前から8年の歳月を経て、ファンと向き合うという意味で、より近くで向き合う形になったのが、センターステージで360°向きを変えながら歌った「誓い」「真夏の通り雨」「花束を君に」という、バラードの3曲。メロディと歌詞、声が情景や温度や湿度を立ち上がらせる。

万単位のファン一人一人の中に立ち上がる感情が音や熱を発しているのが聴こえてきそうな集中した時間がそこにはあった。ちなみに今回のツアーはスマートフォンでの撮影がフラッシュ禁止というルールの上で許可されていたのだが、近くで歌う彼女にカメラを向けているファンは多くはなかった。

それはファンが歌に集中している証しでもあったし、見知らぬ者同士であっても自然と発生したマナー以前の温かい空気感によるものだった。

 
「真夏の通り雨」/宇多田ヒカル

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「花束を君に」/宇多田ヒカル
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曲順が気づかせてくれるものや、意味合いを何倍にもして感銘を与えてくれたという意味では「First Love」と「初恋」が続けて披露された流れは白眉だった。

20年という嵐のような月日を経て、命の輝きや生きていることの意味そのものへ収斂された想い。「忘却」の歌詞ではないけれど、初恋の前で人は無防備なほど手ぶらだし丸腰だ。

また恋をするのかな、と歌われていた「First Love」と、これが初恋なのだとある種、戦慄する主人公が登場する「初恋」。観念ではなく、経験が純度を増して歌詞に結実していることに、人間・宇多田ヒカルの誠実さを見た。

 
「First Love」/宇多田ヒカル

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「初恋」/宇多田ヒカル
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この日彼女はあまり自分が主役になって祝われるのは苦手だと言いつつ、早い段階で言っておくね、と感謝を伝えた。ツアーもファイナルで、ここまで復活を待ち望んでいたファンを各地で目の当たりにしてきたにも関わらず、今日は今日の眼前に広がる景色に感銘を受けている。でも考えてみれば、彼女も私たちも久々の再会だったり初対面だったりするのだ。そこでも彼女のいい意味での丸腰が現れていた。待っている人がいることがどれほどの勇気になるのか。だからと言って、待たれるために作品を作るわけではないということ。

宇多田ヒカルの20年を本人が納得のいく内容で形にしたことが、お祭り騒ぎの周年企画などではなく、反芻するほどにファンの中に深く意味を残していく。その意味でこんな幸福な時間はなかった。ここで確認された気持ちが、21年目の宇多田ヒカルの表現に作用し、私たちの人生にも作用していくことだろう。

 

text by 石角友香
photo by 岸田哲平