氣志團やサンボマスターらを世に広めた「おもしろライター」フジジュンにインタビュー
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ジャンルの特化、特定の音楽への造詣の深さ、逆にジャンル不問で柔軟な対応姿勢。対して、訊いたり引き出すポイントも、音楽性や作者の特性やパーソナル、はたまた作品の深堀りだったり……。気質にしても評論家やライター、インタビュアー等々。音楽ライターのアイデンティティも実に様々だ。

ここで紹介するフジジュン氏は、どちらかといったら幅広いジャンルのアーティストに対応できるオールマイティなライター&インタビュアー。「おもしろライター」を標榜し、そのユーモアをふんだんに交えた親近感溢れるインタビューや記事には定評があり、アーティストや編集サイドからも信頼が厚い。

また、彼が他のライター諸氏と違う面は、その親しみやすさに加え、面白いものや秀でている部分、長けている箇所を見つけ、そこをフックアップしているところ。氣志團、サンボマスター等々、彼が過去に「面白い!」と目をつけ、広めたアーティストも多い。その秘訣はやはりベテランならではの肌感覚や嗅覚、直感によるものだろう。

それらを大事に常に走り続けているフジジュン氏をキャッチ。ここまでの経緯や心得、ポリシーやアーティストとの接し方等々を、彼のこれまで出会ってきたアーティストのおススメ楽曲と共に紹介したい。

 

Interview:フジジュン

——フジジュンさんは現在、ライターを中心に多岐に渡る活動をしていますが、元々どうしてライターになろうと?

元々、雑誌が好きだったんです。それこそ高校生の頃は「宝島」という雑誌が僕のバイブルで。最初は音楽ページが目当てで買ってたんですが、当時の「宝島」ってまさに宝の島で、音楽はもとより、演劇やアートやファッションや街情報といった、あらゆるカルチャーが詰まってたんです。それを読みながら東京への憧れをどんどん募らせていったし、雑誌の面白さを知ったんです。

「雑誌」とはよく言ったもんで、必要としていない情報も目に入ってくるんですよね。そこが雑誌の一番好きな部分で、その雑多なものが一つに収まっているものであることにも面白みを見出したんです。ちなみにそこで出会った一つが、今も深く親交のあるニューロティカだったりして。

 
——おー、ニューロティカ!

宝島の見開きの広告を見て、「なんだこりゃ!?」って。ピエロもいれば土木作業員もいて、「なんだこのデタラメなバンドは!?」って(笑)。

 
——インパクト大でしたもんね、当時の彼らは。

それも含め、アルバイトで貯めたお金で月に一度は東京に遊びに行って、「宝島」の切り抜きを手にレコード店に行ったり、ライヴハウスに行ったり、古着屋さんに行ったり、色々と街を探索をしたんです。その時にたまたま、「宝島」の広告で見たニューロティカのLPを見つけて。「おおっ! これはあの広告の!?」と点が線で繋がったり。

その他もその宝島の切り抜きと街の色々なものが線で繋がっていって。知識としてインプットされていったんです。その度に、「雑誌ってすげえな……」と感心してたんです。

 
——世界を広げてくれたんですね?

よく考えると、それも自分の行動力があってのことだったんだろうなとも思うんですけどね。

好奇心だけはひと一倍あったから、同級生が田舎でくすぶってる中、時間や労力を使って様々なものを見に外に出た。それが大事だったし、今に繋がってんだなと思います。

そんなこともあり、ずっと雑誌に対する憧れがあって、雑誌に関わる仕事がしたいと思ってたんです。

 
——そこで雑誌編集者を?

いや、まずはDTPや誌面デザインを覚えてデザイナーとして雑誌社に入りました。専門学生の頃から一人編集プロダクションみたいな感じで、自分で記事を書いてレイアウトをして印刷をしてと。ミニコミやフライヤーを色々と勝手に遊び感覚で作ってた経験を基に(笑)。

でも、今思うとその経緯で良かったなって。だって、ライターをやるにしても、僕は編集者の気持ちや視点はもとより、デザイナーの気持ちも分かりますから。意思疎通も早いですよ。ズルいけど、締切を設けられた時、本当のデッドも分かるし(笑)。

 
——最初はデザイナーだったんですね。意外です。

そうなんです。その会社で可愛がってくれたのが、当時同社で音楽編集やっていた、今も師匠であるイノマ―さんで。「立派な編集者に育ててやる!」と、色んな現場に連れて行ってもらって、インタビューの様子を見ながら学んだり、編集の流れや仕組みを勉強することが出来たんです。

その後、その編集社の発行物を始め、他でも色々と原稿を書き始めて。徐々にライター仕事も増えていき、最初は会社員と外部の仕事と二足の草鞋でやっていたんですが、外部の仕事の比重が大きくなっていって、身体がもたなくなって会社をヤメたんです。

 
——そこからライター一本で?

いや、やっぱり一人編集プロダクションみたいなことをやってました(笑)。自分で写真撮って、自分で文章を書いて、自分でDTPでレイアウトをして完全納品みたいな。ページ単位で請け負ってたんです。

 
——オールインワンなので、かなり身入りも良さそうだし、先方も一手で大丈夫なので、かなり重宝がられたのでは?

最初だけ(笑)。そのうちデザイン仕事が減り、ライター仕事が増えていったんです。そしたら仕事としては面白いんだけど、収入はどんどん減っていって……。そうそう、当初は並行して芸人もやっていたんです。「おばけえんとつ」というコンビで。

 
——芸人さん……ですか?

ライヴハウス芸人と称して、バンドのライヴ前に前説代わりに漫才をやってました。実は氣志團やサンボマスターと出会ったのもそれがキッカケなんです。

プロになろうと思って、本気でお笑いの事務所に応募したり、『笑っていいとも!」のオーディションも受けました。ま、漫才師にはなれなかったんですけど、その経験も今のインタビュー仕事やラジオや司会業といったお喋り仕事に結びついていたりして。なんか無駄なことってないなって、今になって感じます。

 
——この仕事の喜びや面白みってなんだと考えますか?

やっぱり変わった人やまともじゃない人たちと出会えることじゃないですか?(笑)やはり音楽だけでご飯を食べていこうなんて特殊な人種ですから。特にバンドマンは喋ってて、すごく楽しいし刺激的です。その会話を文章で伝えるのも楽しいし、やりがいがあります。

 
——フジジュンさんの場合は毎度お仕事が楽しそうです。

あんまり仕事だと思ってないですからね(笑)。と言いつつ、正直、割に合わない仕事だなとも感じてて。

インタビューの仕込みに使う時間、取材時間、文字起こしやそれを文章に推敲する時間、合算して時給に換算したら、もっと割のいい仕事もあるだろうって思う時もあります。

でも、いまだ続けてるのは、それを楽しめてるからだし、そこには常に刺激があるし、伝えなくちゃといった使命感もどこかあるからだと思います。そこで好きなアーティストに信頼してもらったり、喜んでもらえるのは、贅沢すぎるおまけです。

 
——今、音楽媒体も減ったり、メーカーからの広告収入等が減った分、この仕事も厳しそうですが?

僕の場合、そもそもビジネスって意識が薄くて。今も「面白いから」をモチベーションに動いてるし、暗い話や後ろ向きな話は目をつぶってます。あと、ヤラしい話ですが一緒に仕事をした人には、みんなに気に入られたいタイプなもんで(笑)。好きになってもらって、またあの人と仕事をしたいと思ってもらえる。そこに質がついていけば、仕事は増えると信じてます。おめでたい人ですよね(笑)。

 
——何かこの仕事に対して一家言あったりしますか?

いい意味で持たないように心がけてます。ジャンルも他の専門的なライターさんに比べて、かなり多岐に渡ってるから、「こいつは何がやりたいのか?」と得意なものが分からない弊害があることも覚悟してますけど。それが自分の武器だし、オリジナリティだと思ってるんで。

 
——ホント幅が広いですもんね?

無名とか有名とか、ジャンルがどうとか、本当にどうでもいいんです。僕を震わせるカッコ良さや面白さがあれば、なんでもいい。あと、最初はピンと来なくっても、会ってみたらいいヤツだったとか、応援したくなる何かを持ってるヤツだったりすると、好きになっちゃうし、一生懸命になっちゃいますよね。「あの子たちの為に一肌脱ぐか!」とか、「気合い入れた原稿を書いてやるか!」とか思っちゃう。

なので、ギャラやバリューに関係なく、一度引き受けたインタビューや原稿は、どんなアーティストも愛を持って全力で取り組んでます。ファンがいて、人気があるってことは、どこかすごい魅力があったり、人の心を動かしてくれるアーティストだと思うので。たとえ知らない人でも何度も作品を聴き込んで、資料を読んで、必死でいいとこ探しして好きになって、愛を伝えるようにしてます。

あと、ここ最近は求められることに歓びを感じていて。「フジジュンさんにしか出来ない!」ってお声かけはとびきり嬉しいです。