白い布に包まれたゴーストの、静かで深い想いの物語
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映画における“この世に存在しないもの”のイメージは、多様化している。かつてはゾンビや吸血鬼など典型的なイメージがあったが、現在はその範囲に収まらない。ホラー映画は有力なジャンルとして今も相当数の作品が製作されているが、その数に加えて技術の進歩により表現上の“おばけインフレ”が起きている。その結果、もはや造形ひとつで、観客が怖がったり驚くことはほとんどない状況に至った。そんな状況下、『A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー』で登場した“この世に存在しないもの”のイメージには、正直驚いた。そして、観ていくうちに何故その造形で描かれているのか、腑に落ちた。

本作の“この世に存在しないもの”は、幽霊。つまり、ゴーストだ。映画で描かれるゴーストにも様々な造形があるのだが、本作で描かれたゴーストは、白い布を頭から被った、恐ろしいというよりも子供の頃の思い出を想起するような、懐かしい“オバケ”ルックだ。目元に穴がふたつある白くて大きな布を被ったゴーストが作品全編に登場する。彼は、復讐の怒りや絶望の悲しみなど、ゴーストやホラー映画にありがちな表情は一切浮かべない。ただ、淡々と白い布をまとってそこに存在するのだ。

本作は、ゴーストの映画ではあるものの、ホラー映画ではない。むしろ、ホラー映画とは位置づけが真逆だ。ホラー映画は、人間が主体となって“この世に存在しないもの”の有形無形の圧力に脅かされる、というのが基本の構図。しかし、本作の主体は、独特なゴースト。ゴーストの目線から人間の営みを見つめる、極めて特殊な映画だ。では、本来人を脅かす側のゴーストが何故人間を見つめるのか。その理由を、この映画の深遠なる旅が物語る。

この風変わりなゴーストの正体は、映画の冒頭で明らかになる。ある若い夫婦の夫だ。夫婦関係性がギクシャクしつつある中、ケイシー・アフレック演じるこの夫が、交通事故にあって死亡する。遺体安置所に置かれた夫の遺体には白い布がかけられているが、突然死んだはずの夫が布ごと起き上がる。それがこのゴーストだ。彼は、死してなおこの世をさまよう。生きている人間から見ることも触ることもできない姿で。病院を抜け出した彼は、妻と住んでいた家にたどり着き、夫を失った妻のそばにそっと佇む。本作は、愛する妻との生活を突然断ち切られてしまった男の残された思いの物語なのだ。

そぎ落としたミニマルな表現から伝わる、表情すらないゴーストの感情

本作は、ミニマルな表現で統一されている。たとえば、夫を失った妻の哀しみは、言葉で説明されない。感情を表立って爆発させることはないが、キッチンに座り込んでチョコレートパイを吐くまで淡々と食べ続ける行為ひとつとってもそうだろう。長回しで描かれたそのシーンは、愛する者の突然の死により残されてしまった者の言いようのない哀しみが凝縮されている。感情を台詞で明示するのではなく行間を読ませる態度は、映画全体に通底している。

そして、ミニマルな表現の最たるものは、ゴースト自身。怒りや哀しみの感情の発露として、時折、皿を落としたり物を倒すなどのポルターガイスト現象を起こしたりもするが、ほとんど現世に干渉しない。彼は生前住んでいた土地に佇むだけで、人間に話しかけたりはしない。触れることもできない。しかし映画は、彼の見つめる対象をじっくりと描くことで、彼の感情が滲むように描かれている。人間の営みが行われているそのすぐそばに存在するゴースト。白い布に包まれた彼の表情には一切の変化はないが、観客が彼の見えない感情を類推するように、カメラの向く先を描いているのが、演出として非常に上手い。

更に、本作の画面に注目すると、スタンダードサイズであることにすぐ気づく。かつて映画は、スタンダードで描かれていた。さらに本作のスタンダード画面は、角が丸く加工されている。何かの枠で覆われたような画面の中で、”おばけインフレ”を更新するような新しい造形ではない古典的な装いのゴーストが、想いを残してさまよう。それらすべては、どこか懐かしい。恐ろしさではなく愛おしさを、新しさではなく変わらないものを感じさせるのだ。

時間と空間を超越した、静かで深い究極の想いの行方

そして、本作が特別だと言えるのは、時間の物語でもあるからだろう。このゴーストは死んだことにより、時間を超える存在となっている。妻に対する想いによって彼女と住んでいた家に固執しながら、現在、未来、そして過去へと時間を跳躍していく。時代が変わるごとに住む人間や家そのものが変容する中、ゴーストだけは何も変わらずに状況を淡々と見つめ続ける。時間や空間を超えた想いのドラマでいうなれば、クリストファー・ノーラン監督のSF映画『インターステラー』を想起する。しかし本作で描かれた想いは、時空のみならず生死すら超越している。つまり本作は、極めて静かな愛の極北だ。何も語らない布切れのゴーストが時代を超えて見つめ続ける先を、観客はともに見つめる。その先にある美しい昇華に、心が揺さぶられるのだ。

text by 中井圭/映画解説者

『A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー』
公開日:11月17日(土) 全国ロードショー
配給:パルコ
監督・脚本:デビッド・ロウリー
製作:トビー・ハルブルックス、ジェームズ・M・ジョンストン、アダム・ドナギー
出演:ケイシー・アフレック、ルーニー・マーラ
原題:A GHOST STORY