ハリウッドのアジア系映画をアップデートした格差ラブコメ風味の人間ドラマ
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『ジョイ・ラック・クラブ』という映画が1993年にアメリカで製作され公開された。この映画は、中国での過酷な生活から抜け出してアメリカに移民としてやってきた4人の母親と、自由の国のアメリカ人として生きてきた4人の娘たちの群像劇。まるで違う文化を持つ中国とアメリカ。環境の違いから価値観の相違を抱えた母と娘たちが相互理解を深めてきたことを描く、感動的な物語だ。


同作は、ハリウッド映画でありながら、主要キャストがアジア系。使用される言語は、基本的に英語だ。そんな映画はハリウッドでは極めて珍しく、事実、以降25年もの長きに渡り、同様のスタイルで映画が製作されることはなかった。そして、あれから25年が流れた2018年。再びアジア人キャストで構成された全編英語のハリウッド映画が現れた。それが『クレイジー・リッチ!』だ。

アジア系でニューヨークに住むレイチェル。移民してきた母親の手で育てられた彼女は、ニューヨーク大で経済学の教授として教鞭をとる、明るく自立した女性だ。そんな彼女には頼りがいのある優しい、同じアジア系の恋人ニックがいて、順風満帆な生活を送っていた。そんなある日、彼女は、ニックから地元シンガポールの親友の結婚式に出席するにあたって同伴してくれないかと依頼される。ニックと共にシンガポールに向かうことになった彼女は、空港でいきなりファーストクラスに案内される。そこで初めて、自分の恋人が信じられないほどの大金持ち、“クレイジー・リッチ”であることを知る。

その設定だけ聞くと、頭は抜群に良いが一般的な女性であるレイチェルと、イケメンで優しい上に凄まじいお金持ち男性ニックとの2時間のお気楽なラブコメに過ぎない。しかし、注視すればするほど、本作がそんな単純な枠組みでまとめられるような、安易な作品ではないことに気づく。お気軽でハッピーなラブコメに見えて、実態はハリウッドの映画史に輝く記念碑的な作品なのだ。

格差カップルの身に降りかかる典型的ハッピーエンドの、その先の試練

まず、表層的なストーリーも巧妙だ。庶民の女性が大富豪の王子様と出会い、恋に落ち、一緒になって幸せに暮らす構図は、かつてディズニーなどがアニメーションで描いてきた王道中の王道だ。しかし、本作は、開始早々、自分の恋人が大富豪であることがわかるという、従来型の物語としてのピークを迎える。しかし本作は、相手がとんでもない富豪であるがゆえに、庶民の自分とのギャップが生まれて後々苦しんでいくという、ラブコメにして先の読めないサスペンス要素で観客の予測を裏切っていく。

また、本作の大富豪の度が過ぎるのも、物語にケレン味を与えている。本作はニック以外にもアジア系の富豪キャラクターが次から次へと登場するが、その富豪キャラクターのスケールの大きさには、レイチェル同様、観客も苦笑いと共に唖然とするだろう。ホテルの予約がうまく行かず宿泊を断られたらホテルの経営権ごと買い取り、バチェラーパーティを開催するのに海に巨大コンテナ船を浮かべてクラブ化する。もはや何が起きているのかわからないほどのスケールでお金の力を見せつける。

この背景には、アメリカにおけるアジア人の認識の変化を感じる。例えば映画界ひとつをとってみても、中国のアリババやインドのリライアンスといった巨大企業が、多くのハリウッド映画の製作で資金を捻出している。アメリカ最大のシネコンであるAMCは、中国企業のワンダが株の過半数を占めたことで話題となった。今やアジアは、世界の資金の巨大な集積地になっているのだ。

ハリウッド映画のステレオタイプな背景としてのアジア系からの脱却

そして、本作がハリウッド映画史に重要な意味を持っているのは、ハリウッド映画におけるアジア系の意味を変えたことだ。

忌憚なく言うと、現実社会で欧米におけるアジア系の地位は決して高くはない。映画は、その事実を100年以上も描き続けている。ハリウッドではこれまで、白人の主人公が活躍し、アジア系は主人公を地味に支える貧相な脇役や憎らしい敵役などを割り振られることが多かった。多くの映画で日本人は、いつでもスーツをきてメガネをかけて疲れている。アジア系は、欧米にイメージされてきたステレオタイプな役割を担うばかりだった。

しかし、本作は、アジア系の俳優しか出てこない。シーンによって、わずかに欧米の俳優も登場するが、彼らの存在はこれまで多くのハリウッド映画で描かれてきた“映画の背景としてのアジア系”的なポジションをそのまま踏襲している。そして本作のアジア系は、これまで欧米の俳優たちが担ってきたような、物語を堂々と主導する役割を果たしている。

アメリカとアジアの思想的乖離を取り込んだ繊細な人間ドラマ

本作がハリウッド映画におけるアジア系の意味を変えたのは、物語の深度にも関係している。本作で起こる摩擦は、庶民と富豪の金銭的ギャップだけではなく、古来のアジア的思想に生きるアジア人と、現代的なアメリカの思想に生まれ育ったアジア系アメリカ人という、ふたつの内面的衝突だ。

アジア的な家父長制で慎み深さを重視する文化を背負った上で、苦い過去を抱えたニックの母エレノアと、父がおらず恵まれた環境ではなかったが自由に自己を表現し、アメリカで力強く生きてきたレイチェルの思想的対立が、物語に奥行きを与えている。抑圧の中、権力を持つ祖母に預けてまで大切に育ててきた息子ニックを、人生を謳歌してきたレイチェルに奪われることが許しがたいエレノアの憤り、そして愛するニックの将来を踏まえつつ自身の人生の選択を迫られるレイチェルの苦しみは、前述した派手を極めたケレン味とは真逆に位置する繊細なドラマだ。

本作は、レイチェルとニックの軽妙な格差ラブコメの体裁を取りながらも、いつしか転調して、レイチェルとエレノアの摩擦の物語へと急展開していく。そして終盤、両者の対峙という重要なシーンを迎えるのだが、そのシーンでモチーフとなるのが、麻雀。それは、母親たちが麻雀で交流していたシーンが印象的な『ジョイ・ラック・クラブ』とも重なっていく。あれから25年。ハリウッドは、『ジョイ・ラック・クラブ』を超えて堂々たるアジア系の王道映画を生み出し、アジア系に閉じることない世界的な大ヒットを記録した。ハリウッド映画の歴史は、ここから大きく転換するのだ。

by 中井圭/映画解説者

9月28日(金) 新宿ピカデリー他 ロードショー

『クレイジー・リッチ!』
監督:ジョン・M・チュウ『グランド・イリュージョン 見破られたトリック』
原作:ケビン・クワン著「クレイジー・リッチ・アジアンズ」(竹書房より)
出演:コンスタンス・ウー、ヘンリー・ゴールディング、ミシェル・ヨー、オークワフィナ、ソノヤ・ミズノほか
配給:ワーナー・ブラザース映画 宣伝:スキップ
2018年/アメリカ/カラー/シネマスコープ/英語/121分/原題:Crazy Rich Asians
© 2018 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND SK GLOBAL ENTERTAINMENT

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