くるりのニューアルバム『ソングライン』が示した4年間の答えとは?

くるりが実に4年ぶりのニューアルバム『ソングライン』を発表した。凄く充実したいいアルバムだ。そんな中、彼らのこの4年を振り返るに、今回のアルバムタイトル然り、彼らの行ってきた活動や発表してきた楽曲群からは、今作への布石が幾つかあったように感じられる。

前作EPの『琥珀色の街、上海蟹の朝』以後に発表された各楽曲やライブという点を繋げ、線にしたところ、ニューアルバムに繋がっていた。なんだかそんなふうにも捉えられる。しかしそれらも各人毎にその印象は違うことだろう。

彼らが打ってきた点を挙げ、あなたがそれらを用い、どうニューアルバムにつなげていくか? そしてその線はどんな感じなのか? 私の半ば強引なマテリアルを材料にあなたなりの線で繋げ、それがあなたなりの『ソングライン』像へと結びついてくれたらなと思う。

 

1. 「琥珀色の街、上海蟹の朝」/くるり
2016年7月発売のこの楽曲はニューアルバム『ソングライン』には入っていない。しかし、このアルバムに繋がる重要な意味合いの精神性を宿してはいる。私は『ソングライン』までの一連の繋がりを「自由」をキーワードに捉えてみた。

それは以下で順に紐解いていくが、その口火をこの曲が担っていたように思う。もちろん、くるりはこれまでも驚かしたり、意外性やどうしちゃったんだろう? と思える問題作を、「くるりらしさ」の合間合間に差し込むように発表してきた。この「琥珀色の街、上海蟹の朝」もカテゴライズすると、私的には「問題作」に当てはまる。

ナイト感漂うシティポップでアーバンなサウンドの上、たゆたうようなラップが絡むチューン。くるりとラップ……。でもここには、どこかぼんやりとした背中を押してくれる感がある。「大丈夫、俺がついている、一緒に行こう」といった類のメッセージをあえて直接的ではなく、比喩や言い換えを用い伝えている感がある。

一方、アルバム『ソングライン』には、背中を押してくれるといった類とはまた違った、直接的ではないが、ほのかに感じられる「鼓舞感」を擁している印象がある。そういった意味では、『ソングライン』の特徴での一つとも呼べるそれらは、既にこの楽曲から萌芽していたと言える。


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2. 「その線は水平線」「その線は水平線 Ver.2」/くるり
そこから2曲の配信シングルを挟み、話は今年の2月に飛ぶ。シングル『その線は水平線』だ。これには、「その線は水平線」と「その線は水平線 Ver.2」という、アレンジが異なる2つのバージョンが収まっていた。ドラマーとして、「その線は水平線」には屋敷豪太が、「その線は水平線 Ver.2」には、過去くるりのバックを幾度も務めてきたクリフ・アーモンド(Cliff Almond)が参加していた。

凄くバンド然としたサウンドと、ヴィンテージ楽器の温もりや手触りを擁しており、アーシーでウォームなサウンド、どこか南部の赤土を感じさせながらも、彼ら独特の湿り気と哀愁さを伴っていた同曲。実はこの2曲、オリジナルは「その線は水平線 Ver.2」の方で、クリフが叩いていたものだったりする。それを基に一度寝かせ、時間を置き、再度屋敷が叩いたものがタイトル曲に当たる。

クリフの方がよりギターが前面に出ており、アーシーでダイナミズムさが強調され、ロックバンドのドラム然としていたり、表題曲と違いフェイドアウトしていたりとファンファンのトランペットも耳を惹く。

このシングルからは、前述のちょっとした歌われている鼓舞感もだが、時代や一度お蔵入りにして寝かせていたものを今一度、掘り起し、再び手を施し、今のくるりとして表す。その辺りの手法も『ソングライン』では数曲施されており、ここでも点は線で繋がった。

このシングルは7インチアナログサイズ特殊ジャケットで限定1万枚生産だった。中には特典として、何の変哲もない折り紙が、赤、橙、黄、緑、青、紫、桃、茶ほか全19色のいずれかがランダムで1枚封入されていた。

発売前より公式HPにはメンバーより、「なぜ特典が「おりがみ」なのか? それはみなさんのご想像にお任せします」とだけあった。これを思うに、折り紙は文字通り紙を折りたたんでいくもの。それを駆使し紙を紙以外の何かへと形作っていく。

しかしその形作った折り紙をもう一度、紙として広げ直して欲しい。そこにはそれを象る為の幾つかの線が存在しているはずだ。ものを象る為に必要な「線」。ここでもニューアルバムへの紐づけが伺える。

「その線は水平線」
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「その線は水平線 Ver.2」
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上述の「その線は水平線」のシングルのリリース直後から彼らは全国14公演のライブツアーに出た。その際のタイトルは<くるりライブツアー 「線」>。まさになんでも描けるし、どこまででも伸ばしていけそうな雰囲気を擁した、自由でシンプルなタイトルにして、『ソングライン』に直結していくものがあった。

フリーフォームな演奏を交えたり、突如新曲を発表したり、フリースタイルなラップが飛び出したり等々、自由や奔放さを持って、私たちを包んだり、並走させたり、時にはちょっとした鼓舞をし、ライブというキャンバスで、音楽を用い、自由に好きな絵を描いてみせてくれていた。まさにこれぞ「自由」。『ソングライン』への布石だったに違いない。

<くるりライブツアー 「線」>では各箇所演目は違っていたが、収録している内の幾つかの曲は、「予定しているニューアルバムには、こんな感じの曲が入るかも……」的なニュアンスで、各会場5〜6曲ずつ未発表の新曲として披露された。

そして、それらは驚くものや意外なもの、感心するものや納得するものばかりであり、どれもが収録を期待させるものであった。実際、「次の次のアルバムに入る予定の楽曲」(「Tokyo OP」)なんて紹介されてプレイされた楽曲も今作に入っていた。

中にはやはり登録商標の問題があったのであろう。タイトルも実際は変わってしまったものも幾つか見受けられた。ちなみにライブの披露時に告げられた仮タイトルからタイトルや表記が変わった曲は以下の曲たち。

「東京オリンピック」→「Tokyo OP」
「ハイネケン」→「ソングライン」
「ニュース」→「News」

であった。

ちなみに私のその際のライブを観た新曲群のレポートは、「この日は新曲たちも幾つか披露され、それらが描く線が自由度を更にアップさせていく。全て現時点では仮タイトルだが、まずは“東京オリンピック”なるインストナンバーでは、音響やポストロック、プログレや幾何学音楽の類が独特のセンスと共に楽曲として昇華。他にも岸田(繁)もアコギに持ち替え、松本(大樹)、山本(幹宗)の2本のギターのユニゾンも光った、最新7インチ・アナログにのみ収録の「春を待つ」、小気味の良いファンキーで軽快なカッティングにスライドギターも混じらせた「忘れないように」、はたまた“ハイネケン”からは、アーシーで乾いた南部っぽい風も届けてくれた。そして、アンコールでも“ニュース”なる、これも6月8日の新曲を披露。山本もマンドリンに持ち替え、同曲が集まった人たちを一緒に振り返ったり、ちょっとセンチメンタルな気分にさせた」とある。

とにかく私の観た日は彼らの自由度が印象的であった。いや、フレキシブルさや無尽性とでも言うか。しかも、それが決して自分勝手の独りよがりではなく、きちんとオーディエンスとのコミュニケーションや信頼の間柄があって成立していたものばかり。が故に、どこにどう飛ぼうがその度に喝采を受けていた。

 
私の観た後の感想は以下であった。

「ますます自由になっていくなぁ……。この公演を観ている間中、何度もそう思った。そしてそれは、最近のくるりの活動やスタンス、発表される楽曲のフレキシブルさや、そこに潜めたメッセージからも思い当るものがあった。楽曲にしろ、姿勢にしろ、スタンスにしろ、この日のライブ中のプレイやセットリストや、その伝達メゾッド等々、近年のくるりからは、より全体的にそのような「自由に描けばいい」、そんな空気を非常に感じていたのだ。そしてこの日の終演後には、それはかなり確信的な気持ちを伴い、私を包んでいた。」

「直線、曲線、放物線、定直線、ラフな線、幾何学な線……。この日、くるりは色々な線を描いて私たちに示してくれた。そして、その並びや内容には、とても自由なアティテュードがあった。」

「くるりはますます自由になっていく。但しそれは、思いついたことをただ好きなようにやるといったものとは違った類。キチンと目指すところがあり、そこに向かうべく色々な方法論を試してみるといった類のものだ。「線は何だって描ける」「自由に描けばいい」。それはそのまま、この日、集まった人たちの生き方とも重なった。そんな自由さやフレキシブルさを、この日の彼らはライブを通し、改めて我々に思い起こさせてくれたのだった。」

 

そして、いよいよ、アルバム『ソングライン』の内容だ。12枚目のオリジナルアルバムとなる今作は全12曲入り。これまで以上に気持ちが進んでいく曲も多く、それらは、けっして直接は歌われてはいないが、なんだか各曲、聴き終えた後に重い腰を上げ、諦めかけていた次へと進みたくさせる歌たちが揃っている印象を受けた。

今作の特徴は「その線は水平線」の際にも出てきたが、以前録ったものを寝かし、改めて今の自分たちとして構築している曲が幾つかあるところ。「landslide」に関しては、基は既に3~4年前から存在しており、「忘れないように」に至っては、それこそ原型や雛形は実は20年前くらいからあったという。

収録各曲の印象をざっと伝えると……。アーシーで大陸感溢れる乾いたサウンドも印象的な「その線は水平線」、シャッフル気味のリズムとジャグバンド然とした牧歌的な雰囲気の、くるりお得意の多国籍な音楽性が楽しめる「landslide」。明日へ向かって歩くためのマーチのように優雅にブレイブ感を伴い響く、配信で先行発表されていた「How Can I Do?」。

そしてノスタルジックさと最新技術を同居させた、サイケもボレロもビートルズ(The Beatles)も現れる「ソングライン」。プログレとしか称しようのない、進化した音楽性が魅力のインスト「Tokyo OP」。むせび泣くサックスやオルガンのノスタルジックさも特徴的な「風は野を越え」、アコースティックギターを基調にハープ的な音色、後にはツインのユニゾンへと移る力強いギターソロが春の訪れへと気持ちを引き戻させる、既発曲「春を待つ」に加え、ラストスパートでの楽曲の加速が聴く者のボルテージを上げにかかる「どれぐらいの」。

他にも「だいじなこと」「忘れないように」「特別な日」等の既発曲もミックスやマスタリングを変え、再収録されている。そして、最終曲「News」に於いては色々な物語や光景や情景という長い旅を経て、再びスタート地点に帰着感さえある。加えてその後、もう一度M-1の「その線は水平線」に戻って聴くと、また新たなサンライズ感やホライズン感に出会えたりする。そんなエンドレスなアルバムだったりする。


 

そして、そんな今作のタイトルは『ソングライン』。ここまで色々と伏線的に書いてきたが、要するにこれが、この4年間の答えだったのだ。「歌による紡ぎ」とも意訳できそうな今作は、ここ数年で発表してきた楽曲たちも含め、様々なタイプの歌が繋がり、紐づけ合い、相互し合って、一つの大きな「バイタリティ」へと結びついたかのような1枚。事象や事実を受け入れつつ、どう自分なりに昇華し、それを糧として次に進んでいくのか? そんなことを作品全体から問われている感もある。

テンポやサウンド、マイペース感を漂わせながらも、しっかりとどの曲も前向きで上向き、バイタリティを与えてくれ、聴き終えた後には不思議と鼓舞され元気になっている自分が居たりする。そう、このくるりの用意した、いくつも線=ラインは、あなたの組み合わせ方次第で、自分でも見たことのない絵までも描かせてくれる。

是非みなさんにもこの『ソングライン』を聴いて欲しい。そして今作を聴きながら、曲毎の点を線で繋ぎ、何が描かれたのか? を示して欲しい。たぶんそれは千差万別だし、あなたの描いたものは、他の方とは全く違ったものであるだろう。いつかお会いできる機会があったら、是非そこで描いたものを見せてもらいたいものだ。

 

 

 

text by 池田スカオ